4.09.2012

毎年くる四月





桜ももちろん咲いていますし、ブルーベリーも背が高く育ちました。
松の木も元気よく。(どこに向かって伸びていくの?)
自然の形の不思議さは飽きる事がなく、夢中になる気持ちです。


今回は色んなモチーフを。ひとつひとつの形を切り取って集めて、ひとつの画面に。






3.28.2012

子供のお道具





紙と(子供のときよりはちょっといいやつ)
鉛筆と(ハイユニ!)さくらクレパス、ネオカラーという粒子のこまかいクレヨン。少し高いですけど、微妙な色合いが揃います。




2.20.2012

手で作る紡ぐ

今年に入ってからはずっと、家具のデザインをしている友人と共に、ロッキングチェアを作っていて、私は座面に張られるファブリック部分を担当しています。

私はロンドンのV&Aミュージアムがとても好きです。
V&Aは主に工芸品を扱う博物館。様々な国の様々な時代の服飾やら食器やら家具その他もろもろ。企画展もセンスいい。
その博物館に並ぶ、山のような工芸品達から、私は沢山の影響をうけました。


人を喜ばせようという気持ちが伝わるし、生きて作る自然さ、過程が見えるものの良さ。




帰国してから、三つくらい刺繍の作品を作りました。
どれも地図の形(地形)をかたどった柄。
そして今も、同じ技法で椅子の為のファブリックを作っています。

信じられないくらい時間がかかるし、はっきりいって私じゃなくてもできるし、絵を描くのとは全然違う作業で、こんなことばっかりやっていて良いのかしらんと毎日思っています。
椅子ができたら、描きかけの鉛筆の絵と、久しぶりの油絵を描こうと、それを励みに頑張っているくらいです。

でも、ほとぼりが冷めたら絨毯を織ろうと思っています。
考えるだけでもうんざりするけど、作ろうと思います。。


トルコの変な柄の絨毯。(欲しくはない)





先日マレーシアに行って買って来た"インド"のクッションカバーとラグ。




素直に美しく、身近でありながら、越えちゃっている。
私も頑張ります。

1.12.2012

それぞれの場所と思い

あけましておめでとうこざいます。今年も実り多き年になりますように。
 少し気が早いですが、年末にはまた個展を出来たら良いなとも考えています。


世界のひとつの部分でありつづけられるような、そう実感できるような、そういうものを作ること。
私は多産が自然にできる人間ではないし、生来なまけもので得だけしているようなきらいがありますが、いつも、思っています。


年が明けてすぐに、青森へ行きました。
少しの雪と、凍結して滑るコンクリートとタイル、干した柿。
 近眼でも見えるでかい星。



そのあとは、友人に会いに短い台湾への旅行。新竹、台中、台北。
どれも中身が同じな巨大ビル、マスクとバイク、屋台村の中にあるお寺、そのお寺の屋根の繊細で美しい装飾とハシゴとタンク。







それぞれの暮らしと思いと幸せと戦いと誇りを、見たいと思う。それらが存在することを知って、それがつらなっての世界だと、私もそれの一部だと、体でわかりたい。


 I have to take some responsibility for my new life in the future and the life which I've lived.

12.26.2011

ゼロ地点

なに がないので。 

ボタニカルアートというものは知りませんでしたが、「植物 絵」でGoogleしたら、出てきました。

私は全然違うけれど、なるほどなと。自分がするであろう展開に期待してしまいます。



12.19.2011

道に迷わないで DO NOT GET LOST.

助けられない。

子供の頃の悩みって、とってもよく覚えているけど、えげつないものだった。
今の悩みやむしゃくしゃなんて、心がつぶれそうになるようなものじゃない。
ただ、生活自体が、つぶれそう。今年は変な年だった。今日、金正日が亡くなって。
自分が生きる明日は、どうやってもぎとるのかな。

体とか、そういうの、使い切ろう、孤高にサバイブしよう、って思います。
来月は青森と韓国とマレーシアに行きます。遊びです!



週末に小さくても立派なお嬢ちゃんとつくったお菓子の家。



昨日はハンバーグ。今日は餃子、明日はマグロ納豆丼!

12.12.2011

DAY ○  BY DAY

何年もかけて少しずつ、色々な事を書いたりするのが苦手になってしまいました。

小さな頃は本が好きで。
両親が買ってくれた本のなかにイソップ物語はひとつもなし。グリム童話はスズキコウジが装丁を手がけたのものが全巻。絵本各種。意外にも私の気に入りは細密描写系で、なんども同じものを読んだ。母にも、何度も同じものを読み聞かせてもらったから、内心まいっていただろうと思う。
自分の家にはない、同級生のあいだではやったシリーズ探偵もの(ださい)は図書館で読んだ。
 シリーズもののなかでもホッツェンプロッツは最高に面白く装丁の絵もださくなく、今でも要所要所よく覚えている。食べ物の描写なんか特に。

そんな読書と平行して、私は幼稚園になる前から絵日記を書く事を両親から勧められ、小学校高学年までは続けていたと思う。

中学生のときは誰もがそういう傾向にあるように、私も音楽を聞くようになっていて、その影響で詩をかいた時期もあった。それがまた、内容は無いけれどぽんぽん小気味良いのが沢山書けるので自分は天才かと思っていた。でも内容が無かったから。

 インターネットをするようになってからは日記をブログ風に書いた。
恋人との話や、自分の人生や、とにかくそんなような事を。

そして、何年もかけてそれらは少しずつ密度が減り、言葉が薄くなり、感情が小さくなっていっちゃった。


手仕事が増え、本を読む事も少し減ってきたようだし、なんだか○○○。
自分の感情や情熱は減りも薄まりも縮みもしていない。と思います。
ただそれを、分け合ったりできなくなっているようなんです。


それは困る、というとそんなに困るわけじゃないけど、少し
○ ○○